祭祀・墓碑・荒神祠
恵蘇八幡宮や宮野神社の祭祀に関する家伝、宮野墓地、荒神祠の刻字が調査の中心です。
福岡県朝倉市・宮野 / 吉松家の記録

土地と、家と、残された記録。
一つの家の記録から、
地域の歴史をひもとく。
系図、墓石、神社、土地に残る記録。朝倉の吉松家の歩みを、確かめられたことと伝えられてきたことに分けて紹介します。
調査・編集 坂田拓也 / ESTADIO
まずは下の6つの時代を順番に。その後は、家のつながり・人物・場所など、気になるところから読めます。



このサイトでわかること
吉松家は、朝倉の宮野を拠点としてきた家です。家に伝わる記録や墓石から、神社の仕事、村の運営、水路づくり、医療との関わりをたどります。
古い時代には、まだ確かめられていない家伝もあります。記録でわかることと、伝えられてきたことを分けて紹介します。
「家伝」は後世の系図や縁起に記されたものです。
漢文は提供された『吉松家家系図 解説』の漢文欄から抜粋しています。
系図では、もとは宮野を拠点とした吉松家の一部が1587年前後に田中へ移り、その後、田中の系統から杷木・博多などへ移った家があったと整理されています。宮野に残った側にも、吉松林作に続くと考えられる別系統があります。本サイトではこれらをまとめて「朝倉吉松家」と呼びます。
恵蘇八幡宮や宮野神社の祭祀に関する家伝、宮野墓地、荒神祠の刻字が調査の中心です。
村役と堀川用水工事への関与が記録されます。1953年水害後の墓地調査も重要です。
系図では吉松勘助の時代に杷木池田へ移ったとされ、その後の医療活動が記されています。
吉松種熙の系統とされ、吉松直江による系図整理、吉松春渚らの医療活動が文献に見えます。
吉松林作との接続は作業仮説です。
01
この年表は、史料と家伝にもとづく仮説をたどります。
朝倉に残る、家と地域の記録
朝倉の吉松家に残る記録から、神社の仕事、村の運営、水路づくり、医療の歩みをたどります。
吉松家の家伝、史料、墓碑と地域の記録を年代順に掲載。記録・物証・家伝・仮説の区分と検討事項を確認できます。
年表を読む →宮野と田中などの系統、墓碑と戸籍による系図整理を掲載。続柄の推定や未確定事項は元の注記とともに確認できます。
系図を読む →吉松家の当主、系図を整理した人、墓地を調査した人などを紹介。人物名や系統から記録を探せます。
人物を読む →系図、墓碑、神社縁起、口承、地域史料を紹介。資料の性格と、それぞれの記録から確認できる範囲を掲載しています。
史料を読む →従来公開している研究本文を章ごとに掲載。史料解釈、系図表、参考資料を確認できます。追加調査の留保は年表とあわせて参照してください。
研究全文を読む →